星野文昭絵画展
獄中42年 無実の星野文昭さんをとり戻そう
星野文昭絵画展
星野文昭絵画展
星野暁子さんを招いた講演会
10月1日(土)18時~
たづくり・2階南ギャラリー
※星野暁子さんは文昭さんのお連れ合いです。
10月1日(土)~3日(月)
調布市文化会館たづくり・2階南ギャラリー
主催:とめよう戦争への道! 百万人署名運動・調布狛江連絡会
調布市小島町2−33−1(京王線「調布駅」中央口改札-広場口から徒歩4分)
10月24日(月)~26日(水)
関戸公民館・7階ギャラリー
主催:三多摩・星野文昭さんを救う会
多摩市関戸4−77 ヴィータ・コミューネ内(京王線「聖蹟桜ヶ丘駅」西口から徒歩1分)
※いずれも
1日目は12時~20時
2日目は10時~20時
3日目は10時~15時
入場無料
三多摩星野文昭絵画展実行委員会
八王子市明神町4-14-5リーベンスハイム八王子2−203
無実の証拠は検察庁の倉庫に隠されている
100万人の署名で全証拠開示、再審へ
100万人の署名で全証拠開示、再審へ
沖縄米軍基地に反対し、獄中42年
星野文昭さんは、1971年11月14日、沖縄の米軍基地を永久に固定化する沖縄返還協定の批准を阻止するため、東京・渋谷で⾏われたデモにリーダーの一人として参加しました。沖縄では、返還協定の批准に反対して11月10日に全島ゼネストが闘われました。本土でも多くの労働者、学生、市⺠がそれに連帯して、渋谷へかけつけました。機動隊員1名が重傷を負い、翌日死亡した件で、警察は星野さんをその「実⾏犯」にデッチあげました。星野さんは無期懲役を言い渡され、現在第2次再審を請求しています。
星野文昭さんは無実だ
星野さんと機動隊員殺害を結びつける物的証拠は何一つありません。有罪の根拠とされたのは、デモに参加した16歳の少年をはじめ未成年3人を含む6人の学生の「供述証拠」だけです。5人は裁判で、取り調べで嘘の供述を強要されたと証言しました。残る1人は、証言を拒否しています。
第1次請求に対して、最高裁判所は2008年、星野さんを特定した根拠である「服の色」が間違っていたことを認めましたが、第1次再審を棄却しました。本当に許せません。
全証拠開示を実現しよう
星野さんの無実の証拠は、検察庁の倉庫に眠っています。最近、無実の決定的証拠になると思われるビデオテープを裁判所が警視庁公安部に「預け」、その警視庁公安部が「紛失」するという事件がありました。
しかし、他にも多くの決定的証拠が隠されていることは明らかです。真実を追究するのが裁判であるなら、全証拠開示は当然必要なことです。
全証拠の開示を求める署名運動にご協⼒ください。
■星野文昭さんプロフィール
1946年、札幌市生まれ。
66年高崎経済大学に入学。不正入学を告発した学生運動に参加、処分撤回闘争を闘う(映画『圧殺の森』)。
71年11月14日、沖縄返還協定批准阻止闘争に参加。機動隊員死亡の「実行犯」にデッチあげられ、75年逮捕。以来今日まで無実を訴えて闘い続ける。現在、徳島刑務所在監。獄中42年。70歳。
86年に妻・暁子さんと獄中結婚。
87年に最高裁上告棄却、無期懲役が確定。再審運動を開始。全国に救援会の結成が進む。
2001年に星野絵画展が始まる。
08年に最高裁が第1次再審請求を棄却。
09年に第2次再審請求書を提出。
13年、『獄壁を超えた愛と革命-星野文昭・暁子の闘い』を発刊。
14年、現場写真のネガ開示を勝ち取る。全証拠開示を求める100万人署名運動を開始。
文昭さんの絵と暁子さんの詩
絵画展の絵は、差し入れの写真集などをヒントに文昭さんが水彩画を描き、暁子さんの面会のたびに渡しています。暁子さんはその絵に詩を付けています。絵画展にはその絵と詩を展示しています。
全てを奪おうという攻撃に全てを奪い返そうという闘いのなかで得たものは、暁子との愛と絆が、友人・仲間との絆・団結、全ての労働者人民との団結こそが、最も日々と未来を開く価値のあるものだということでした。
そのように日々養っている、暁子・家族、友人・仲間、労働者人民、そして、自然と人間そのものへの限りない愛情の全体が、私の絵と暁子の詩を通して、皆さんの心に届いてくれることを願ってやみません。
2016年8月 星野文昭
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